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2007年2月7日(水曜日)

「劇団Z・A」代表・木田博貴氏に訊く! 〜 自分の伝えたいこと 〜

カテゴリー: - admin @ 00時00分00秒

第3回目の今回は「劇団Z・A&オーダーメイド」代表・木田博貴氏のインタビューをお届けします。

「劇団Z・A」プロフィールはこちら

自分が世の中に言いたいことを、そのための「劇団Z・A」
Q:今までどのようなテーマで活動してきましたか?
A:Z・Aをやろうと思ったのは、今まで色々な劇団をやってきたんだけど、いまいちやりたいことが見つからなかった。うちは基本的に既製台本をメインに、そこからテーマを見つけて押し出すという方針でやっていたんだけど、そのうちやりたい台本がなくなってきた。それで、オリジナルでやりたいなと思って。オリジナルでやるってことは、
テーマっていうのを自分で考えないといけないでしょ。テーマは、俺が世の中に対しておかしいなと思っていることを発していきたい。それで立ち上げたのが、Z・Aだったんだよね。だから団員にはよく言うんだけど、「うちにとって脚本はそんなに大事ではなく、俺がテーマを訴えるために脚本や役者、スタッフがいるんだ。」というスタイルでやっている。だから今までもそういったテーマ性、具体的には環境問題、イジメ、戦争などをテーマでやっていて、10代後半から20代の人達に何か考えてほしいなという思いに重きを置いて芝居をやっている。
あと、芝居はお洒落でなきゃいけないという考えがある。せっかく若い人たちでやっているので、お洒落とか見た目を大事にしていきたいなっていうスタイルもある。

 
自分のやったことの意味
Q:10代・20代に対して自分の言いたかったことが伝わったと実感したことはありますか?
A:公演後のアンケートに、例えば今回の公演が環境問題だったら「ゴミのことについて考えさせられた」とか。一番実感したのは、去年やった「D」という芝居で女子大生の子が見に来てくれたときの感想で、「正直、私も何とかなるだろうという考えで大学に通っていたんですけど、これを見て私も何かやりたいなと思いました。」と書いてくれていたのが一番うれしかった。あとは、友達の連れだったんだけど、俺たちの芝居を見た後にぼそっと「俺も何かやらなきゃいけないな」と言ったらしいんだよ。
そういう「自分がテーマにしたことで、何か考えてくれてるな」ってわかる感想を見たり聞いたりすると、「自分のやったことに意味があるんだな」と思う。

やるからには本気で
Q:お芝居を始めたきっかけは何でしたか?
A:高校生の時、やりたいことがあったから文化部に入ろうかなと思ってたんだけど、そんな時に演劇部の顧問に声をかけられたのが最初のきっかけ。演劇部なら舞台上に立って何かするからもてるかなって思ったから芝居をやり始めた。高校のときはもてることがすべてだったからね(笑)。
けれど、やるからには本気でやる性格だったので、1年生のときから「客に出すんだからいいものを作りたい」と言って先輩とよくぶつかってたよ。そんな時、たまたまアマチュア劇団の人が練習を見に来ていて、いろいろ話を聞かせてもらった時に、静岡にもこういうのがあるんだ、「こういった劇団に入ってやってみたいな」と思った。1年生の2月に、それとは違う劇団からだったんだけど演劇部宛に「今、役者を探しています。今度オーディションをやるので、よかったら受けに来てください」というDMが来て、それを見て受けに行った。これがアマチュア劇団に入ったきっかけ。
その劇団に入って、そこの座長にいろいろ教わりながらやってたんだよね。その時に手伝いに来ていた人がいたんだけど、その人がプレシャスジャンクの演出家だったんだよ。で、その人が「ステージスピリッツっていう団体を立ち上げたい。ユニット制でやりたくて、毎回違うメンバーを集めていろんな劇団の人を枠を取っ払って集めてやりたいんだ」。それが面白そうだなって思ってたら、自分もたまたま誘われた。それからかな、芝居を本気でやり始めたのは。
それでいろんな人と出会ったし、いろんな考え方とか学んだ。それから少しづつ認められるようになって、19歳の時にステージスピリッツの座長になって初めて自分でアマチュア劇団を率いた。その時に、「何か自分のやりたいことと違うな」と思い始めてたかな。やっぱり人の作った団体だから、しがらみとかがあったんだよね。それじゃあ新しいことやるかと思って始めたのが、Z・Aなんだよね。

高校時代の衝撃
Q:今までに一番印象に残った芝居は何ですか?
A:高校の時、浜松の県大会で、ある高校の「チルドレン」という芝居で、通し稽古で普通の稽古場だったんだけど、今まで見たどんな芝居よりも面白くて見入ってしまった。
その話が面白かったから調べてみたんだけど、トリー・ヘイデンっていう、障害の子を相手にした経験を自伝として書く人の話だったんだよ。見ている時は、先がすごい気になったんだよね。それに、芝居をしている人も上手かったんだと思う。障害者の役だからたまに俺らでは考えられない動きをする時があるんだけど、その動きをしっかりと再現していて、俺には本当にそういう動きにしか見えなかった。そういう変化がすごく面白くて、同じ高校生なのにここまでやるのかって。俺も自信があったからもうボロボロだよね(笑)
これが一番衝撃を受けた芝居だったかな。

 

俺と芝居
Q:木田さんにとって芝居とは?
A:表現かな。手段であって目的ではない。芸術といわれるものならなんでもよかったんだけど、高校のときから芝居をやっていたし、俺の周りには芝居をやる友達がいて、力を貸してくれる仲間がいたし、俺自身が芝居が嫌いではなかったからね。
それに芝居というのはメジャーではないから、開拓しなければならないとも思ったしね。

 

「劇団Z・A」木田博貴氏のこだわり
ハッピーエンドをやろうとは思わない
別に、ハッピーエンドが嫌いなわけではない。だけど、ハッピーエンドだとその芝居のいままでの流れが、最後にハッピーエンドになることで、「最後ハッピーエンドでよかったね」という、ただそれだけの感想になってしまうのではないか。
そうではなく、芝居を最後まで見た人達にもっと違うなにか、その芝居のテーマであったり、そういった見た人達に何かを考
えさせるような残し方をしていきたいって思ってる。

拍手は、いらない
これは、内容が暗いものがあるので拍手は無いだろうと覚悟はしているが、拍手があるのだったら正直ほしい。本当にないと、やっぱりショックだからね(笑)しかし、ただ機械的な拍手、例えば「演劇が終わりました。はい拍手」というタイミングでだされるような拍手はいらない。アメリカなどのスタンディングオベーションは本当にいいと思った人達が立って拍手をしている。本当にいいと思ったものは、例えば映画館でも本当にいいものを見たと思ったものには実際にしなくても心の中でしている人はいるはず。
だから公演が終わったときに幕は下ろさない。あえて終わりをわかりにくくすることで機械的な拍手のタイミングをわからなくするためにそうする。そのなかで一番最初に拍手をする人はこれを見てなにかを感じてくれているんだなとわかる。俺達はそういう拍手が貰えるようやっていきたい。

 

自らの成長のため、そして開拓のため
Q:木田さんは「劇団Z・A」のほかに、「オーダーメイド」としても活動されていますよね? これはどういった理由から活動されているのですか

A:Z・Aには、ある程度路線があるので、それに外れるようなことはあまりしたくないし、お客の期待もあるので裏切るようなことはしたくない。俺自身も芝居を全部経験したわけではないし、いろいろな芝居をやりたいと思ってる。そうして自分の表現の幅を広げたい。ポリシーとして、「どんなに自分の考えと違うことでもそれに真剣に取り組んだことで必ず得るものはある」と思う。それは反面教師でもいいし、そのまま学んでもいいと思う。
それに、芝居を盛り上げようっていう思いもある。静岡の演劇を盛り上げるために個人的に頑張りたい。って言っても、大体Z・Aが協力してくれてるんだけどね(笑)

 

「春なのに…」というチャンスを生かして
Q:どうして「春なのに…」に出演しようと思ったのですか?
A:静岡の演劇を盛り上げたいという気持ちもある。だから、今回もいろんな劇団と一緒にやりたいなと思い、伽藍さんの座長に声をかけた。

Q:今回はどんな内容にする予定ですか?
A:決まってはいるんだけどね。それはまあ、見てのお楽しみってことで(笑)

Q:今回の意気込みをお願いします。
A:当然いいものを作ろうと思うし、今までZ・Aを見たことの無いお客さんが見てくれるチャンスなので、そういう人たちに何か感じてもらえればいいかな。


【インタビューを終えて】

今回のインタビューで、熱く語ってくれた木田さん。
「俺が伝えたことで、10代20代の人に考えてほしい」。その想いで活動をしている木田さん率いる劇団Z・A。今回の「春なのに…」では、私たちにどんなメッセージを投げかけてくれるのでしょうか。

また、木田さんのソロユニット「order made」が、2/10・11・18に焼津市の喫茶店「さくらや」にて公演されます。「劇団Z・Aとはまた違った表現を楽しめる演劇」とのこと。

詳しい内容は下の画像、または「劇団Z・A」ホームページ

[文責:佐藤]


2007年2月4日(日曜日)

「春なのに…」の歴史 〜複数ユニットで奏でるシンフォニー〜

カテゴリー: - admin @ 00時00分00秒

第1回に引き続き、『「春なのに…2007」〜梅は咲いたか〜』のインタビューをレポートします。「春なのに…」の主催者である滝浪倫邦氏に、「春なのに…」について質問しました。

複数ユニットで作る「春なのに…」
Q:「春なのに…」をやりはじめたきっかけは何ですか?
A:15〜16年前からニールサイモンの「名医先生」という戯曲の芝居がずっとやりたかったんだけど、やれるきっかけがなくて…。で、佐藤さん(伽藍博物堂代表)に相談したところ、春に伽藍博物堂のユニットライブとして芝居をやろうという話になった。それが「春なのに…」の1年目だね。

Q:なぜ「春なのに…」というタイトル何ですか?
A:1年目にやった「名医先生」の中の作品の一つに「晩秋」というタイトルのものがあって、春という季節に「晩秋」という演劇をやったので、「春なのに晩秋をやってすいません」という意味で『春なのに…』というタイトルになった。

Q:なぜ春に公演するんですか?
A:伽藍博物堂の本公演がだいたい6月と10月で、ちょうど春に公演が少ないこともあって、春にやることにした。

Q:「春なのに…」に期待していることはありますか?
A:異なるカラーのユニットが一緒に公演を行うことによってお互いの刺激になるし、それぞれの劇団のファンの人たちにも、他の劇団の公演を観る機会になる。だから、「春なのに…」のようなスタイルの公演は必要だと思う。


毎年、春に行われる「春なのに…」が始まったのは2004年。3年間を振り返ってみましょう。

2004年
伽藍博物堂『UNIT LIVE vol.12 〜春なのに…〜』
日時:4月3日(土)〜8日(木) 計4回公演
会場:伽藍博物堂演劇実験室(静岡市葵区鷹匠)

◆参加ユニット◆
 ・どどんぱ(滝浪倫邦、秋山かおる)
     「オーディション」、「晩秋」(ニール・サイモン戯曲「名医先生」より抜粋)

 ・Ricky’s Stone(リッキー)
     「哀愁のサンバ」、「Night School」

 ・やぶれ金魚(和、絢、春(spring brain monkey) )
     「畳の目」

◆詳細◆
伽藍博物堂の役者、滝浪倫邦と、リッキーこと松下力がそれぞれソロユニットとして出演。滝浪はニール・サイモン戯曲(「名医 先生」より抜粋)で、伽藍初登場の女優と共演。リッキーは焼津でのみ行っていた一人小芝居を、ついに伽藍で上演。そして、伽藍新人女優による新ユニットが始動。(公演時、「伽藍博物堂」HPより)

■enぷらメモ■
「春なのに…」1回目の公演は、出演者の多くが伽藍博物堂の劇団員だったため、伽藍博物堂のユニットライブとして企画されていた。1ユニット10分のショートストーリーの公演を2回行った。

2005年
「春なのに…」〜桜メイワク〜
日時:3月13日(日)〜20日(日)  計7回公演
会場:伽藍博物堂演劇実験室(静岡市葵区鷹匠)
製作:(C)「春なのに…」製作委員会

◆参加ユニット◆
 ・どどんぱ(滝浪倫邦、秋山かおる)
     「はるがすみ」(作・演出:御肉大好)

 ・やぶれ金魚(和、絢)
     「やぶれ金魚の宵桜(よいざくら)」(作・演出:平垣温人)

2005年

◆詳細◆
・どどんぱ「はるがすみ」
 仕事もひと段落したし、待ちに待ったデートの日。さて、準備、準備…って、おまえ何してんの?また俺のカップ麺食べて!あのなぁ〜$★□▲▽※@☆〒・・・(公演時の、チラシより)
・やぶれ金魚「やぶれ金魚の宵桜(よいざくら)」
 しばらくご無沙汰しておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?花見の宴を用意させて頂きました。行くも帰るもままならない女二人の密室が、皆様のご来場を心よりお待ちしております。(公演時の、チラシより)

■enぷらメモ■
 この年から「春なのに…」が所属劇団とは別の活動として行われた。公演時間が1ユニット30分となり、それぞれがオリジナル台本で参加。異なるカラーのユニットと公演を行う「春なのに…」の原型が出来た年だった。

2006年
「春なのに…2006」〜若葉のパッチワーク〜
日時:4月9日(日)〜16日(日) 計6回公演
会場:伽藍博物堂演劇実験室(静岡市葵区鷹匠)

◆参加ユニット◆
 ・【全て参加】どどんぱ(滝浪倫邦、秋山かおる、清水建志)
           「北壁の彼方に…」(作・演出:御肉大好)
 

 ・【土日のみ】Mum’s Party(おむちゃん、長谷川はづき、高山りく、えいろく)
        「鍋と乙女」(作:佐藤剛史 演出:佐藤剛史、Mum’s Party)

 ・【平日のみ】+α
             「お楽しみに」

2006年

◆詳細◆
 唄と芝居のコラボレーション「どどんぱ」は新作で上演。ママになっても芝居が忘れられない「Mum’s Party」は伽藍博物堂の作品を。なにがなんだかヒミツに稼動中「+α」。春、芝居でココロが満たされる…(公演時、チラシより)

■enぷらメモ■
 「春なのに…」3回目の公演では、参加ユニットの募集を行った。伽藍博物堂の活動に育児で参加できなかった主婦のユニット「Mum’s Party」が、伽藍博物堂の過去の作品「鍋と乙女」で土日のみ参加。平日には「+α」として、大道芸人の「あまる」が大道芸ボールショーとショート寸劇を上演した。また、「どどんぱ」は、芝居の中で唄う歌の作曲を知人に依頼し、オリジナルの歌で本番に臨んだ。

 

 

そして今年は…

2007年
「春なのに…2007」〜梅は咲いたか〜
日時:3月11日(日)〜17日(土) 計6回公演
会場:伽藍博物堂演劇実験室(静岡市葵区鷹匠)

◆参加ユニット◆
 ・【全て参加】どどんぱ(滝浪倫邦◇、秋山かおる◇、和★)(マークは ★:伽藍博物堂 ◇:伽藍博物堂unit どどんぱ)
             「あの場所に…」(作・演出:御肉大好)

 ・【土日のみ】劇団Z・A(田中美穂・粥川あやか(Wキャスト)/下原行弘、八木恵、前田恵吾、木田博貴)
             「俺ハ、シンジツヅケタ…」(作・演出:木田博貴)

 ・【平日のみ】order made(紅林吉雄、紅林希依、木田博貴)
             「order diary」

◆詳細◆
 今回は、劇団Z・Aが参加!また、新たな1ページが始まろうとしている。
そして、order madeとは。はたして、どんな芝居が繰り広げられるのか…

2007年

詳細




【インタビューを終えて…】
私達の質問に、丁寧に答えてくださった滝浪さん。
独特の演技で観客を虜にする滝浪さんですが、「ベースは日本近代の芝居」と話していました。数々の芝居経験から、現在の「滝浪カラー」を見つけ出したのでしょうか。

また、「春なのに…」を毎年行う理由からも、「他のカラーの劇団と芝居をしたい」という滝浪さんの想いが伝わってきました。

今年の「春なのに…」にますます期待が高まります。

 

[文責:加藤]


2007年1月31日(水曜日)

「どどんぱ」代表・滝浪倫邦氏に訊く! 〜「どどんぱ」が生まれるまで&滝浪氏の芝居観〜

カテゴリー: - admin @ 15時25分08秒

『「春なのに…2007」〜梅は咲いたか〜』が、3月の11・13・15・17日に伽藍博物堂演劇実験室で公演予定です。そこで私たちは、今回出演する3つのユニット「どどんぱ」「劇団Z・A」「オーダーメイド」の代表者にインタビューを決行しました!

インタビューは、次のスケジュールで公開していく予定です。
・第1回 1/31(水)「どどんぱ」代表・滝浪倫邦氏インタビュー
・第2回 2/4 (日)「春なのに…」歴史
・第3回 2/7 (水)「劇団Z・A&オーダーメイド」代表・木田博貴氏インタビュー

 

記念すべき第1回 「どどんぱ」代表・滝浪倫邦氏のインタビューをレポートします!!

◆「どどんぱ」
 ⇒伽藍博物堂に所属する劇団員、滝浪倫邦(たきなみ みちくに)と秋山かおる(あきやま かおる)のユニット(敬称略)。

詳しくはコチラ⇒「どどんぱ」の劇団情報へ

滝浪氏

 

芝居と歌で表現する「どどんぱ」
Q:なぜ、ユニット「どどんぱ」を組んだのですか?
A:昔、東京に「カクスコ」という、ミュージカルではないけれど芝居もやって歌もやってという劇団があって、そういうのをやりたいと思っていた。伽藍(伽藍博物堂)の中では「歌で表現する」というのはあまりないし、伽藍の作品には必要性も無いので。だから、合唱団で歌を歌ってた経験のある
秋山かおるさんと一緒に、「どどんぱ」でやることにした。

だけど、歌だけだとメッセージが直接伝わり過ぎるので、自分の中では違って、芝居があって歌が出てきちゃったという自然に流れてくる感じがいいかなと思う。どどんぱでそれをやると、駄洒落の後に歌が入ったりしてくだらない感じになるけど(笑)
歌はみんなに聞かせるものなので綺麗に歌いたいんだけど、すごくうまいわけではないので、それだけをメインに持っていけない。だけど、聞いていて嫌だなと思われるのも困るので、ちゃんと歌える様に歌の教室に通ったりしていたんだけど。今は忙しいから行けなくなってしまったけど…。どどんぱが駄洒落とか、変な方向に進み始めたのは、歌の発表会で「Memory」(替え歌)を歌ってからかも知れないな(笑)

 ※ 「カクスコHP」⇒http://www.jah.ne.jp/~yoji/kakusuko/(2002年1月20日解散)
 ※ 「Memory」⇒元は劇団四季の「CATS」で歌われた歌。歌の冒頭部分のオリジナル歌詞を東京の劇団「コメディジャポン」の作家が考えて、その後の部分を滝浪氏が作成。
 ※ 「コメディジャポン」⇒滝浪氏が東京で演劇をしていた時に参加していた劇団の一つ。 

心にひとつ「点」が打てる芝居
Q:今回の「春なのに…」では、どんな内容のお芝居をやりたいですか?
A:今回の話は、ダムで水没することが決まった村で育った、元水族館職員、画家、生態調査員の3人が村を見下ろせる丘に集まるという話で、何か事件が起こるわけではないんだけど、それぞれに何かを思っていて、それにひとつ「点」を打てるようなお芝居になっていると思う。
「さ、行ってみるかなー」と感じられるお芝居にしたいかな。

語る滝浪氏

同じ目線で見てもらいたいから芝居をする
Q:では、滝浪さん自身が芝居を始めたきっかけは何ですか?
A:昔は詩を書いていたんだけど、詩だと伝えるのが直接過ぎる。たとえば、北海道の雪原で雪がたくさん降って積もっていて真っ白なのを見て、綺麗だなって思うのを言葉にしてみたり、詩にしてみたりしてもそれは私が見た感想であって。ここにお客さんが来たときにさっきの風景を見て、「雪が白くて綺麗」と思うのか「平らだ」と思うのか「すごいつるつる」と思うのか、それぞれ見方が違うと思うけど、その風景を見てほしい。言葉を見てほしいわけではないんで。「綺麗」という言葉で想像することだけではなくて、ここに直接来て実体験として見せることが出来るのが芝居。私が言いたいことを一方的に言うのではなく、こっちでやっていることを見て、自分の思っていることと同じことを思って欲しかったんだよね。
大学時代に詩をたくさん書いていたんだけれど、詩を書いている中で寺山修司という人が短歌とかをたくさん書いていたのに芝居のほうに動いてったのが何でかなと思って、その人の本を読んだ時、自分の詩を立体的にするには芝居がいいのかもしれないと思った。「お客さんがその風景を同じ目線で見ることが出来るのは、芝居なのかな」と思って始めたんだよね。
小学校の頃に名前も知らない人とすれ違う時に目が離せなくなる時があって、それは何だろうなと、言葉ではない何らかのつながりがあるんじゃないかと思って。その言葉ではないつながりが芝居で出来ないかな、やりたいなという思いが、今の俺の芝居をやっていく力になっているんだと思う。

真面目な芝居がベース
Q:どのようなお芝居が好きですか?
A:ベースは1909年とかの日本近代の芝居を東京でずっとやっていて、その影響が一番強いと思う。「岸田國士」の芝居や「井上ひさし」が一番好きかな。コメディーはあんまり好きじゃないかもしれないな。真面目な芝居が好きなのかもしれないけど、何故か話を作ってると駄洒落が入ってきちゃうんだよね(笑)普通にやってても駄洒落は出てきちゃう。くだらない歌になっちゃうのは俺の好みかもしれない。歌も、BBクイーンズとかさだまさしが好きだし。

 

役として生きられる楽しさ
Q:役者として面白いものは何ですか?
A:役者として面白いと思うのは、ギャグや何かではなく、そこにいられること自体が楽しいんだと思う。台本にある背景や世界の中に、その役として生きられることが楽しく感じると思う。お客さんとは違う部分が楽しいんだと思う。ギャグやコメディで受けたかどうかではないんだよね。全体が1つのもので、芝居は虚構の世界ではあるけど、嘘をやっているわけではない。まったく作り物としてきっちり作り上げていった表現のお芝居もあるけれど、それは俺のタイプではないと思うな。
それに、芝居にうまい下手はあんまり無いと思う。好みの問題もあるけど、お客さんがお芝居がうまくない人から何か伝わるものがあると思えば、その人にとってはその役者が上手いと思うだろうし。

 

――― 第2回 「春なのに…」の歴史に続きます!


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